ベルトコンベヤー作業「多工程持ち」

多工程持ち

トヨタ自動車の工場の製造現場の作業者には、1人で数多くの工程をこなす能力が求められる。「多工程持ち」と呼ばれる。作業者が「ものづくり」の面白さを知ることにもつながる。

セル(細胞)生産方式

この「多工程持ち」をさらに推し進めたのが、家電メーカーなどで取り入れているセル(細胞)生産方式だ。1人の作業者が、自分の回りにありとあらゆる部品を置き、製造過程のすべてをこなす。八面六臂(ろっぴ)の作業となる。「ものづくり」の現場は変わりつつある。

安易な多角化に走ったことへの反省

変わりつつあるのは「ものづくり」に対する評価も同じだ。今、「ものづくりの復権」が叫ばれている。バブル期に、企業が財テクや安易な多角化に走ったことへの反省が込められている。

ハードからソフトへの転換

製造業の時代の終焉(しゅうえん)、ハードからソフトへの転換を強調する風潮が、1980年代を中心にあったことも無視できない。産業社会を基盤にした「近代」は終わったとし、既成の枠組みを否定したポストモダニズム運動が1つの背景としてある。機能的な建築ではなく、遊びのある建築様式の提唱から始まった思想運動だが、様々な分野に大きな影響を与え、ねじれ現象も生んだ。

岩木秀夫日本女子大教授

岩木秀夫・日本女子大教授(教育社会学)が、「ゆとり教育から個性浪費社会へ」(ちくま新書)で、ポストモダニズム思想が日本では、「ゆとり教育」の理論的根拠になった、と分析している。

日本の逆走

製造業ではなく、情報やサービスが重要となる社会では、従来型の勉強ではなく、子供の興味や体験に即した教育が必要だ。ポストモダニズムの影響を受けた、そんな教育観が、個性重視や自己実現をスローガンに「ゆとり教育」を生んだ。英米では産業競争力再建のため、学力向上が重視されたのに、日本では逆の方向に走ってしまった--。

個性の発揮を求める方向に転換

教育行政は今、学力向上を重視し、その上で個性の発揮を求める方向に転換した。転換への批判は激しいが、批判者の主張にどこか筋が通らない印象があるのは、「ゆとり教育」の根底にあった考え方に対する検証を避けているからではないか。

近代の継承、発展

同じことが製造業にも言えそうだ。自動車業界では今、環境保全を目的にした車種の開発が国際的な競争を呼んでいる。少品種大量生産から多品種少量生産への流れは定着している。作業者の働き方も見直されつつある。そこにあるのは「近代」の否定ではなく、「近代」の継承、発展だ。

製造業と教育

製造業と教育。一見、関係のなさそうな2つの分野に共通するのは、流行思想に流されるのではなく、時代を正しく見極めた「ものづくり」観、教育観を確立することの必要性だ。まずは、過去の時代思潮の総括が求められる。問題をあいまいなままに推移させると、また同じ過ちを繰り返す。